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調布発! 電柱広告で街を笑顔に変える小さな会社の挑戦

 

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調布駅周辺を歩いていると、ふと目を奪われる電柱広告があります。思わず笑顔になるユニークなコピー、親子で思わず足を止めて見入ってしまうイラスト。

これらの広告を仕掛けているのが、調布市で駐車場運営や不動産賃貸業を営む「有限会社えの木」です。

「うちの会社は規模が大きくないんですよ。でも、小さい会社だからこそできることがあると思っているんです」そう話す井上一格社長が、どんな思いで街に笑顔を増やす挑戦を続けているのか。その取り組みを伺いました。

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代々続く駐車場と街とのつながり

有限会社えの木は、不動産賃貸業を主軸に、代々駐車場経営を続けてきました。井上社長は三代目で、その始まりは60年以上前。畑を月極駐車場へ転用したことがきっかけだったといいます。

「昔は調布駅周辺の小さな商店に貸す月極駐車場からスタートしたんですよ。でも、時代が変わる中で、大手の商業施設との取引が増えていきました」

収益の柱は不動産賃貸業ですが、井上社長が何より大切にしているのは、地元商店街や地域の人びととのつながりです。

コロナ禍で決断した「無料駐車券配布」

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2020年、コロナ禍で多くの飲食店が苦境に立たされる中、井上社長は無料駐車券配布を決断しました。

「あの頃、街を歩くとシャッターが閉まっているお店ばかりが目につきました。このままでは街が寂しくなってしまうと思ったんです。それで『駐車券を無料で配ろう』と思い立ち、すぐに始めました」

最初は3カ月限定の予定でしたが、気づけば5年以上続く取り組みに育ちました。
「ラーメン屋さんで食事をすると、大体20分くらいで食べ終わるじゃないですか。でも、30分券を3枚お渡しするんです。そうすると2枚余るでしょう。それを次に来たときや、近くのATMに行くときに使ってもらう。そんなふうに地域の中で循環させたいと思ったんです」

この無料駐車券は、現在も地域の約30店舗で配布を続けており、街の回遊を促す仕組みとなっています。

「街に笑顔を届けたい」電柱広告を始めたきっかけ

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「有限会社えの木」の名前がより広く知られるようになった理由の一つが、街中に掲出しているユニークな電柱広告です。

そのきっかけは、コロナ禍で学校が休校になった時期だったといいます。

「学校が休みで街に子どもがいなくなってしまい、『何かできないかな』と思っていたときに、たまたま電柱広告の空き情報を見つけたんです。『ここ、使えるんじゃないか』と思いました」

地域で面白いことを仕掛けたいと考えていた井上社長にとって、電柱は格好の発信ツールでした。

「子どもって、変なものを見つけると、笑いますよね。それを見て親も笑顔になる。街中でそんなふうに笑顔が生まれたらいいなと思ったんです」

こうして、井上社長をデフォルメした「えの木P社長」というキャラクターが誕生し、2022年5月から電柱広告がスタートしました。

「最初に掲出した6本のうちの1本が、僕の母校であり、えの木駐車場の目の前にある調布市立第一小学校の電柱広告でした」

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地域の小学校の通学路に設置された交通安全の電柱広告。

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電柱の表と裏でクイズになる仕掛けを施した。こちらもえの木電柱広告の初期作品。

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夜中にひとりで考える、電柱広告のネタ

電柱広告の内容は、井上社長自らが考えるクイズや、交通安全をテーマにしたメッセージなど、多岐にわたります。

「夜中にひとりで携帯のメモにネタを打ち込んでいるんですよ。忘れちゃうので、思いついたらすぐメモします(笑)。翌朝見て『これ何だっけ?』と思うこともありますけどね」

現在は調布市の小島町を中心に、67本の電柱で両面で90種類のデザインを展開しています。

「掲出は小島町が中心ですが、道路を挟んで向かい側など、小島町から見える範囲であれば別の町名の場所にも一部出しています。小島町にこだわっているのは、先祖代々、自分がずっと暮らしてきた町だからなんです。街を歩いていると、自分が作った電柱広告が目に入る。そのたびに街への愛着が深まるんです」

電柱広告は、リスティング広告のように即効性や効果測定ができるものではありません。しかし、掲出を続けるうちに、街で少しずつ反響が生まれていきました。

「SNSでは全然〝いいね〟がつかないんです(笑)。でも、地元の小学校で毎年開かれる夏祭りで、うちのキャラクター入りのハッピを着ていたら、子どもたちが『これ知ってる!』と言ってくれたんですよ。500枚ほど作って持っていったステッカーも、あっという間になくなって......あれは本当にうれしかったですね」

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電柱広告で「第14回 東京屋外広告コンクール」に入賞

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井上社長の電柱広告は、東京屋外コンクールの第2部門において、「公益社団法人東京屋外広告協会 会長賞」を受賞する成果も生みました。

「正直なところ、大企業ばかりの中で、うちのような規模の会社が入賞できるとは思っていなかったんです。でも、社員の祝(いわい)が『絶対にいけますから、出しましょう』と言ってくれて。その言葉がなかったら、きっと応募していなかったと思います」

当時を振り返り、祝さんはこう語ります。

「応募では画像を2枚と動画を1本添付できる決まりがあったんですが、電柱1本だけの写真で出すのは面白くないなと思ったんです。それなら、1枚の写真に60本の電柱広告を埋め込んでしまえば、審査員の誰かの記憶に強く残るんじゃないかと思って。なんとなくですが、『これなら賞が取れるかもしれない』という手応えがありました」

tama-denchukoukoku-14.jpg60本の電柱広告を一挙公開した渾身の応募資料

そんな、インパクトのある応募資料が功を奏し、審査員からは「ボリュームたっぷりの電柱広告のエントリーに圧倒された」「発想のユニークさが印象深い」「身近に接する電柱広告ならでは。毎日接する楽しみを深めてくれた」いった言葉が寄せられ、晴れて栄えある受賞となりました。

「受賞の連絡がメールで来たんですが、僕はメールをあまり見ないので、社員に『社長、メール見てください!』と言われて見たんです。驚きすぎて、思わず社員とハイタッチしてしまいました」と、井上社長は当時のよろこびを語ります。

電柱は広告スペースが縦長で面積も限られているため、デザインや配色にはいつも頭を悩ませるそうです。
「デザイナーさんから上がってきたラフを見て、『これはすごい!』と一発でハマることもあります。でも、『ここはもう少しこうしてほしい』と細かく修正をお願いすることも多くて。自分にデザインの知識がないせいでうまく説明できず、作業がなかなか進まないこともあるんですよね」

その分、大きなやりがいも感じているそうです。
「無機質な電柱に鮮やかな広告が入ると、街の印象がパッと明るくなるんですよね。実際に街を歩いていて、自分が関わった広告を目にすると、『やってよかったなぁ』としみじみ思います」

お気に入りの電柱広告

井上社長に思い入れのある電柱広告を聞くと、3つを教えてくれました。

①「難読漢字シリーズ」

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「季節ごとに連続掲出しているシリーズで、住宅街がきれいになったと言っていただけるんです。時間も手間もかかりましたが、やってよかったなと思っています」

② 「七夕シリーズ」

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「天の川に見立てた道路を挟んだ電柱で織姫と彦星が追いかけっこをしているようなデザインです。電柱はそれぞれ小島町と、小島町に隣接する布田にあるので、小島彦&小島姫、布田彦&布田姫と名付けました。『小島彦があまりにもしつこく布田姫を追いかけまわしているから、間に道路ができちゃったんだよ』と冗談で話せるような、地域の人が笑える物語を描きたかったんです」

③ 「春夏秋冬・蝶シリーズ」

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「えのきの葉は、オオムラサキの幼虫が食べるんです。春は葉の下に幼虫が隠れ、夏になると蝶になります。その成長を電柱広告で表現しました。子どもたちが『これ何?』と興味を持ってくれたらうれしいなと思っています」

街に笑顔を増やす取り組み

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えの木駐車場の一角には、クリスマスシーズンにはイルミネーションも設置しています。

「大きなソリやトナカイのイルミネーションを置いたんですよ。子どもも大人も写真を撮りに来てくれて、すごく喜んでもらえました。コストはそこまで高くないのに、イルミネーションって人を集める力がありますよね」

この取り組みも「街を明るくしたい」という思いから始めたそうです。
「防犯にもなりますし、地域の人が笑顔になってくれるのがうれしいんです」

駐車場経営や不動産賃貸業を行う傍らで、無料駐車券配布やユニークな電柱広告、イルミネーション設置などを通じて、地域に笑顔を増やしてきた有限会社えの木。

最後に今後の目標を聞くと、井上社長は、少し笑いながらこう話してくれました。

「大きなことは言えませんが、街を歩いたときに『なんか楽しいな』『笑えるな』と思ってもらえたらうれしいんです。これからもアイデアを尽くして電柱広告の可能性に挑戦し続けたいですし、規模の大小に関係なく自分たちだからこそできることを続けながら、街とともに歩んでいけたらと思っています」


調布駅周辺で目を引くユニークな電柱広告は、地域の人びとに笑顔や会話を届け、街に親しみを感じさせてくれます。有限会社えの木の取り組みは、これからも街に小さな笑顔を灯し続け、地域の日常に温かい彩りを添えていくことでしょう。

有限会社えの木
代表者:井上一格
えの木駐車場:東京都調布市小島町1-17-4(京王線調布駅より徒歩5分)
Instagram:enoki_parking
X:enoki_parking

文/羽田朋美(Neem Tree)

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